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東京地方裁判所 平成4年(ワ)10094号 判決

原告

ジャンニコ・レッテル

右訴訟代理人弁護士

中村雅人

米川長平

田島純蔵

神山美智子

中村忠史

森山満

近藤博徳

芹澤眞澄

芳野直子

南典男

中山ひとみ

毛受久

右訴訟復代理人弁護士

村上徹

被告

ナショナル自転車工業株式会社

右代表者代表取締役

竹重昇

右訴訟代理人弁護士

永野謙丸

真山泰

茶谷篤

永井幸寿

吉増泰實

柴田幸一郎

主文

一  被告は原告に対し、金二五万一八〇〇円及びこれに対する平成三年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金四八五万一八〇〇円及びこれに対する平成三年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が購入した被告製造・販売の自転車(パナソニック―五〇〇・二七型。以下「本件自転車」という。)のハンドルが、原告の乗車中に二回にわたって折れて原告が道路上に転倒したことについて、原告が被告に対して不法行為を理由として、ハンドル代金及び取り替え費用として金一八〇〇円、慰謝料として金四〇〇万円、弁護士費用として金八五万円、合計金四八五万一八〇〇円の損害賠償を請求した事案であり、基本となる事実関係は以下のとおりである。

一原告は、イタリア人でイタリア大使館に勤務しており(原告本人尋問の結果)、被告は、自転車等の製造販売を業とする株式会社である(争いのない事実)。

二原告は、昭和六三年一二月ころ、愛輪商会で、本件自転車を購入し、以後自宅からイタリア大使館への通勤等に使用していた(原告本人尋問の結果)。

三第一事故

原告は、平成元年一二月中旬朝、自宅から本件自転車に乗ってイタリア大使館に向かい、同日午前八時ころ、環状七号線と梅ケ丘通りの交差する通称宮前橋交差点(東京都世田谷区代田三丁目所在、以下「本件交差点」という。)にさしかかり、梅ケ丘駅方向から淡島通り方向に向かって横断歩道を渡ろうとしていた時、横断歩道の信号が青に変わったので、他の歩行者と一緒に本件交差点の横断歩道を渡り始めた。原告は、自転車に乗って加速したので、同じ方向に向かう他の歩行者よりも速く進み、横断歩道の三分の一位のところまで来た時、本件自転車のアルミ製ハンドルの右部分(中心軸から約二センチメートルの部分)が、突然折れて本件自転車から完全に離れてしまった。原告はバランスをくずして本件自転車ごと転倒(〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果)。

四原告は、第一事故の日に本件自転車を愛輪商会にそのまま持って行き、折れたハンドルの修理を頼んだ。愛輪商会は、同月下旬ころ、第一事故で折れたものと同じアルミ製ハンドルを無償で交換修理し、本件自転車を原告に渡した(原告本人尋問の結果)。

五第二事故

原告は、平成三年二月一六日、自宅に帰るため本件自転車に乗って梅ケ丘駅前のバス停付近の道路上を進んでいたところ、突然、本件自転車のハンドルの右部分が、第一事故とまったく同じ状況及び箇所(中心軸から約二センチメートルの部分)で折れて、本件自転車から完全に離れてしまい、原告は第一事故と同じように転倒した(〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果。)

六被告の責任

1 第一及び第二事故とも、ハンドルの折れた箇所はほぼ同一であった(原告本人尋問の結果)。第二事故でハンドルが折れたのは、疲労破壊によるものである(争いのない事実)。

2 検査及び品質管理の義務違反

(一)  原告が購入したパナソニック―五〇〇・二七型の自転車のハンドルは、被告が右のタイプの自転車の附属品として他のハンドルメーカーの汎用品を購入したもので、ハンドルメーカーから梱包して納品されたハンドルは、注文に応じて被告から各小売店に納品され、各小売店で自転車本体に取り付けられる(争いのない事実)。

(二)  自転車のハンドルは走行中に折れてはならず、被告は、欠陥ある部品が被告製造の自転車に組込まれないように十分に検査をし、欠陥品を発見した場合にはそれを排除しなければならないという品質管理上の義務を負っている(争いのない事実)。

(三)  被告は、原告がその主張のとおり本件自転車を通常の用法で使用していたにもかかわらず、第一事故及び第二事故でハンドルが折れたのであるならば、抜き取り検査で不良品のハンドルを見過ごしたことに対する責任を認め、これを争うものではない。

第三当裁判所の判断

一被告の責任について

1 証拠(原告本人尋問の結果)によれば、原告は本件自転車を通勤等に使用していたものと認められ、原告が本件自転車を他の目的に使用し粗雑にこれを扱ったという事実を認めるに足りる証拠はない。よって、原告は、本件自転車を通常の用法で使用していたとするのが相当である。

2  前記第二、六及び右1からすると、被告は、第一事故及び第二事故について、不法行為責任を負う。

二損害について

1  物損について

証拠(原告本人尋問の結果)によれば、原告は、第二事故の後、本件自転車を愛輪商会に持って行き、アルミ製のハンドルから鉄製のハンドルに交換し、その代金として金一八〇〇円を支払ったことが認められる。

2  慰謝料について

(一) 証拠(〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は本件自転車を購入する際、有名ブランドであるとの意識はあったが、被告のブランドであるということは特に意識しなかったこと、

(2) 第一事故の現場である本件交差点は、午前七時三〇分ころから通行する車両が多くなり混み始め、梅ケ丘通りから環状七号線に右折する車両が、環状七号線を横断する歩行者よりも先に交差点内に進入して通過する場合があり、歩行者が青信号に従って横断を始めた後も右折を行なう車両がしばしばあるところ、原告は、右のような交差点の状況を知っていたので、普段から歩行者用の信号が青になっても、右折車両の動きに注意を払って横断していたこと、原告は、第一事故が発生した際も、本件自転車で横断歩道上の交差点中心寄りを右折車両の動きに注意を払いながら横断しており、横断を始めた直後、右折しようとするトラックがあることに気がついたこと、原告が本件自転車のペダルを一回位漕いだところで右ハンドルが折れ、原告は右斜め前方へ転倒し、右手、右膝を路面について、右手の掌と右膝にかすり傷を負ったこと、原告が転倒したのは、片側三車線となっている環状七号線のセンターライン手前の二番目の車線上で、身体の一部が横断歩道から交差点中央寄りにはみ出し、交差点中央方向に背を向けた状態であったこと、原告は、トラックが近づいていることを音で感じ、転倒して一秒ほどしてから交差点中央方向を見たところ、約二、三メートル先にトラックが停っており、原告は、直ちに逃げることはできないと感じ、トラックに轢かれると思い非常に恐怖を覚えたこと、

(3) 第二事故の現場の梅ケ丘駅前バス停付近の道路は、車両の通行量はさほど多くないが、幅員が狭いため曲がり角ではバス等の大型車両は幅員の全幅を使って曲っているところ、原告が本件自転車でバス停付近を走って車道から歩道に上がろうとした時、本件自転車の右ハンドルが折れ、原告は右斜め前方に転倒し軽度の打撲傷を負ったこと、

(4) 原告が、第二事故の後、主婦連合会を通じて被告に対して苦情を述べたところ、被告から見舞金として金三〇万円を支払うとの提示があったが、原告は、被告が、消費者をかなり無視した態度をとっているなどと感じたとして、右見舞金を不服として、原告訴訟代理人を通じて被告に金一〇〇〇万円を請求する旨伝えたが、示談は成立しなかったこと、

(5) 被告作成の平成三年四月二二日付の主婦連合会宛ての書面には、「レッテル様に対しては、深くおわびするとともに、先般提示させていただきましたお見舞金によって解決いたしたく、なにとぞ御理解いただきますようお願い申し上げます。尚、今後このような事故が発生しないように、管理の徹底と調査確認を致します。1品質管理体制の見直しを実施して、今回のような試打ち品の混入を防止するよう管理徹底をはかりました。2さらに、市場での同種の様なハンドル折損事故が発生していないかどうか調査を計画し推進中でございます。結果が判明次第ご報告申し上げます。」と記載されていること。

(二) 以上認定のとおり、走行中に自転車のハンドルが突然折れるという本件各事故の態様、本件第一事故は交通量の多い交差点の横断歩道上で、また、本件第二事故はバス停の前で起きたこと、本件各事故が起きた当時の現場の状況、本件事故による原告の負傷の部位、程度、近期日の内に自転車のハンドルが折れるという同じ態様の事故に二度も遭遇したこと、本件事故により原告の受けた精神的な苦痛、その後の交渉の経緯等の諸事実を勘案すると、原告の本件事故による損害を慰謝するには、金二〇万円をもって相当というべきである。

なお、原告は、本件慰謝料を算定するに当たっては、被害者が現実に苦痛を感じているものだけでなく、このような事故を防止し、また、被告に制裁を加えるという観点からも、実際の損害以上の賠償が命じられるべきであると主張するが、そもそも、慰謝料は、被害者が受けた精神的損害に対する填補賠償責任を定めたものであり、賠償額を算定するに当たっては、被害者の受けた精神的損害を填補するのに相当と考えられる額をもって算定されるべきであり、原告の主張は採用できない。

3  弁護士費用について

原告は原告訴訟代理人らに委任して本件訴えを提起、追行していることは訴訟上明らかであり、本件事案の難易度や認容額、本件事故発生時から本件訴訟提起までの期間、その他諸般の事情を考慮すると、原告が原告訴訟代理人らに支払うべき手数料等のうち、被告に対して賠償を求めることができる損害額としては、金五万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上の次第で、原告の本件請求は、被告に対し不法行為に基づく損害賠償請求として、金二五万一八〇〇円及びこれに対する平成三年二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官金子順一 裁判官増永謙一郎)

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